乳歯や生え変わったばかりの永久歯は、大人の成熟した歯に比べてエナメル質(歯の表面を覆う一番硬い層)が薄く柔らかいという特徴があります。そのため、虫歯菌が作り出す酸に非常に弱く、一度虫歯になるとあっという間に神経まで進行してしまう危険性を持っています。また、子供は甘いおやつやジュースを好むことが多く、さらに自分自身で完璧な歯磨き(プラークコントロール)を行うことが技術的に難しいため、お口の中が酸性に傾きやすい環境になりがちです。厚生労働省や日本小児歯科学会の見解でも、幼児期からの徹底した予防管理が強く推奨されています。そこで、子供の弱い歯を守るために非常に有効な手段となるのが「フッ素(フッ化物)」の活用です。フッ素をお口の中に取り入れることで、大きく分けて以下の3つの優れた予防効果が期待できます。
上記のリストに挙げた通り、フッ素には歯そのものを物理的に強くするだけでなく、お口の中の環境を改善する複合的な働きがあります。まず、フッ素が歯の表面のエナメル質に取り込まれると、結晶構造がより緻密になり、虫歯菌が出す酸に溶けにくい「フルオロアパタイト」という非常に硬い質に変化します。また、毎日の食事によってわずかに溶け出してしまった歯の表面のミネラル成分(カルシウムやリン)を再び歯に戻す「再石灰化」のスピードを劇的に早めてくれるため、穴が空く前の「初期むし歯」であれば、削ることなく健康な状態へと修復できる可能性があります。さらに、フッ素自体が虫歯菌に直接ダメージを与え、酸を作り出す酵素の働きを阻害(抗菌・抗酵素作用)してくれます。ただし、これらの予防効果や実感できるまでの期間には個人差があり、フッ素に頼りきりになるのではなく、日々の正しい食習慣と並行して行うことが前提となります。
フッ素を取り入れる方法には様々な種類がありますが、その中でも特に予防効果が高いとされているのが、歯科医院で行う「プロフェッショナルなフッ素塗布」です。市販されているフッ化物配合の歯磨き粉にもフッ素は含まれていますが、日本の法律によりその濃度は最大で1,500ppm(※ppmは濃度の単位)までに制限されています。一方、歯科医院などの医療機関では、およそ9,000ppmという市販品の数倍にあたる高濃度のフッ化物を直接歯に塗布することが認められています。専門家である歯科医師や歯科衛生士が、子供のお口の状態をチェックしながら安全に高濃度のフッ素を作用させることで、より強固にエナメル質を強化し、長期間にわたって虫歯になりにくい歯を育てることが期待できます。しかし、1回塗れば完全に予防できるという魔法の薬ではありません。厚生労働省の「e-ヘルスネット」等でも示されている通り、最大限の効果を得るためには以下のポイントを押さえておく必要があります。
厚生労働省の情報によると、乳幼児期に歯科医院でのフッ素塗布を定期的に継続して受けた場合、むし歯の発生を約半分にまで減少させたという報告データが存在します。高濃度のフッ素塗布は、長期間継続することで徐々に歯の質を改善していくため、「年に数回の定期健診」とセットで習慣化することが最も合理的です。また、せっかく高濃度のフッ素を塗布しても、すぐに水でうがいをしたり食事をしてしまうと、フッ素が歯に取り込まれる前に唾液とともに流れ落ちてしまいます。そのため、処置後の「30分間の飲食制限」は必ず守るように保護者の方が気を配る必要があります。さらに重要な点として、歯の表面にネバネバとした細菌の塊(歯垢・プラーク)がこびりついていると、フッ素がエナメル質まで到達できません。そのため歯科医院では、塗布前に専用の機械とペーストを用いて徹底的にお口の中の汚れを落とすクリーニング(PMTCなど)を実施します。定期的な通院は、フッ素の効果を高めるだけでなく、虫歯の早期発見にもつながります。
インターネットやSNSの普及により、「フッ素は体に悪い」「毒性があるから子供には使わない方がいい」といったネガティブな情報を見聞きし、大切なお子様へのフッ素塗布をためらっている親御さんもいらっしゃるかもしれません。確かに、フッ素(無機フッ素化合物)という物質そのものには、使用量や摂取量を大きく誤ると人体に悪影響を及ぼすデメリットやリスクが存在するのは事実です。しかし、日本小児歯科学会が公式に発信している声明でも明確にされている通り、自然界の土壌や海、私たちが普段口にしているお茶や魚介類などの飲食物にも微量のフッ素は含まれており、歯科医療の現場で使用されるフッ素を「適切な濃度と量」で正しく使用している限り、健康被害が起こることはまずありません。保護者として正しく理解し、過度に恐れることなく活用するために、知っておくべき主なリスクは以下の通りです。
フッ素のデメリットとして最も懸念されるのが「急性中毒」です。しかし、これが引き起こされるのは、例えば小さな子供が市販のフッ素入り歯磨き粉のチューブを丸々1本一気に食べてしまったような、極端な事故のケースに限られます。歯科医院でのフッ素塗布で使用される薬剤の量は厳密に計算されており、仮に処置中に口の中に溜まった唾液ごと飲み込んでしまったとしても、中毒症状を引き起こすような量には到底達しません。また「歯のフッ素症(斑状歯)」に関しても、歯が作られる時期(主に8歳未満)に、海外の一部地域のようにフッ素濃度が極めて高い井戸水を日常の飲料水として長期間飲み続けるといった特異な環境下でない限り、日本国内の通常の歯科治療や歯磨き粉の使用で発症するリスクはほぼゼロに近いと言われています。唯一の現実的なデメリットとしては、歯科医院で扱うフッ素剤にはリンゴ味などの香料がつけられていることが多いものの、特有の渋みや苦味があるため、味に敏感な子供が嫌がってしまう可能性がある点です。万が一の誤飲事故を防ぐためにも、ご自宅でフッ素製品を保管する際は必ずお子様の手の届かない場所に置くよう徹底してください。
お子様の虫歯を予防するためには、数ヶ月に1回、歯科医院で行う「高濃度フッ素塗布(プロフェッショナルケア)」だけでなく、毎日のご自宅での歯磨き(セルフケア)にもフッ素を取り入れる「ダブルケア」が極めて効果的です。低濃度のフッ素を毎日少しずつお口の中に供給することで、再石灰化が常に促される状態を作り出すことができます。ご自宅でのケアにおいて重要なのが、市販の「フッ化物配合歯磨き剤」の選び方と使い方です。2023年、日本の歯科医療を牽引する4つの主要な学会(日本口腔衛生学会、日本小児歯科学会、日本歯科保存学会、日本老年歯科医学会)が合同で、「フッ化物配合歯磨剤の推奨される利用方法」という最新のガイドラインを発表しました。この画期的な提言により、これまでよりも高い濃度のフッ素を幼少期から使用することが推奨されるようになりました。ご自宅で安全かつ最大限の効果を引き出すためには、以下の年齢に応じた基準を必ず守ってください。
以前の基準では、6歳未満の小さな子供には500ppmという非常に低い濃度のフッ素が推奨されていましたが、国際的な予防基準に合わせて見直され、乳歯が生え始めた赤ちゃん(0歳〜5歳)であっても「1,000ppm」の歯磨き粉を使用することが公式に推奨されるようになりました。ただし、濃度が高くなった分「使用量」には細心の注意が必要です。3歳未満であれば米粒程度のほんのわずかな量、3〜5歳でもグリーンピース大(5mm程度)に留め、保護者の方が適切な量を歯ブラシに出してあげるようにしてください。また、小学生以上(6歳〜)になれば、大人と同じ最大濃度の「1,500ppm」を使用することが虫歯リスクの低減につながります。そして、全年齢に共通する最も重要なポイントが「うがいの方法」です。せっかく歯磨き粉でお口の中にフッ素を広げても、その後に何度もガラガラとうがいをしてしまうと成分が全て水に流されてしまいます。歯磨き後は、ごく少量の水で1回だけサッとゆすぐ程度に留め、あえてフッ素をお口の中に残しておく(フッ素を滞留させる)ことが、ご自宅での虫歯予防を成功させる最大の秘訣です。なお、こうした毎日のセルフケアによる予防効果には個人差がありますので、かかりつけの歯科医師と相談しながらお子様の成長に合わせた最適な予防プランを立てることをお勧めいたします。
子供の乳歯や生え変わったばかりの永久歯は非常にデリケートで虫歯になりやすいため、歯科医院での定期的な「高濃度フッ素塗布」と、ご自宅での「適切なフッ化物配合歯磨き粉の利用」を組み合わせることが、最強の虫歯予防策となります。インターネット上にはフッ素のデメリット(中毒や斑状歯など)に関する極端な情報も存在しますが、日本小児歯科学会などの専門機関が定めた年齢別の濃度と使用量を守っている限り、安全性は十分に確保されています(※予防効果の現れ方やお口の環境には個人差があります)。お子様が一生涯、ご自身の健康な歯で美味しく食事ができるよう、ぜひ今日から正しいフッ素の知識をご家庭のオーラルケアに取り入れてみてください。
フッ化物歯面塗布 – 健康日本21アクション支援システム – 厚生労働省
4学会合同のフッ化物配合歯磨剤の推奨される利用方法 – 日本小児歯科学会
PFAS と歯科で使用する無機フッ素化合物について – 日本小児歯科学会
フッ化物配合歯磨剤 | 生活習慣病などの情報(e-ヘルスネット) – 厚生労働省